統一教会のこと

 

 私が大学に入学した1970年代中頃、あちこちのキャンパスに「原理研究会」というグループが出没していた。昨今、世間を賑わしている統一教会の学生団体である。新左翼運動も過激化に伴って衰退し、入学して5日後、我が校を拠点としていた革マルが他校から襲撃に来た中核によって、トップ5人がやられて活動できなくなった。変わって勢力を伸ばそうとしてきのが、民青、原理、東思研(東洋思想研究会:創価学会の学生団体)だった。元々が左派的な思考の強い学校だったこともあり、民青はそこそこ勢力を伸ばしたものの、他は学内では活動しなかった。しかし、戸別訪問や街頭でのオルグはよく聞いた。実際、大学から離れ、最寄りの駅からバスで30分ほどかかる下宿に、可愛い女の子が勧誘に来たことがある。「地方出身で同窓生もおらず(実際はひとつ上の先輩がいたが、結局あえずじまい)、まだ友達もできず不安でしょう」。みたいなことを言って、自分たちの主催するレクリエーションに参加しませんか、という誘いだった。私の住所や個人情報を知っていること、素朴そうで可愛い女の子が訪問してくる不気味さに、適当な理由をつけて帰ってもらった。友人のK君は街で可愛い女の子に声をかけられた。彼のタイプだったので、喫茶店について行き、後日ある集まりに誘われ、無論それにも参加したが、やがてK君は誘われなくなった。そんなことがあってしばらくすると、原理研がキリスト教系のA大学やR大学、東大や早稲田にも勢力を伸ばしていることが伝わってきた。後にわかったことだが、統一教会が求める学生は「頭が良い」「経済的に恵まれている」「従順」「世間に認知されている」であり、我が校の学生はどれにも当てはまらず、お陰でK君もあちらの世界に行かずにすんだわけだ。
 教員になると、身の回りに統一教会の信者はいなかったが、生徒に新興宗教の信者2世がいた。輸血を拒否することで世間に知られた宗教の信者は、入学早々いろいろと申し入れてきた。輸血問題もだが、それより困ったのは「校歌拒否」「柔道拒否」「騎馬戦等の闘争的演技はしない」「十字架を持たせろ」だった。「校歌は無理強いしない」「柔道はしなくて良いが成績は不利になる」「体育祭の競技については別途相談」「十字架についてはお守りのように袋に入れて身につけても良いが、人から見えないように」と約束してもらった。ある生徒は、十字架を見えるようにつけていたり、信仰を大切にしているとは思えない行動も目についた。とうとう、暴力行為を起こし指導することとなった。「闘争行為を否定するにも関わらず、こういう問題を起こされるとは心外ですね」と言うと、2度と信仰について言ってこなくなった。信仰を自分の都合の良い用に使っている者もいたが、今日の宗教2世問題を聞くと目立たず問題なく学生生活を送っていた2世生徒にこそ目を向ける必要があったかもしれないと後悔している。 
 教師になって10年経った頃、ある中学校に移動となった。同じ学年を持ったY先生は結婚のため阪神間から帰ってきたばかりだった。空き時間に、女の先生たちと式や引き出物の話をし、楽しそうだった。騒動が起こったのは夏休みだった。独身最後にアメリカに住む大学の友人に会いに行ったらしい。ところが、突然、父親に辞表が送られてきた。父親によると、大学で統一教会に入っていたが、教員になって脱会、その後見合いをして婚約したとのこと。ところがアメリカの友達は信者となっており、再入信させられてしまった。高校教師の父親は校長室で謝り倒していた。婚約者はショックでしばらく仕事を休んだらしい。それにしても、数日で元に戻すとは、マインドコントロールの恐ろしさを感じた。

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